六本木にオープンした複合書店「文喫(ぶんきつ)」

 
いま、店づくりで最も重要なテーマは、何でしょうか。




すみません、いきなりの質問で。
毎月、ご愛読ありがとうございます。
本日のブログでは、「いま、店づくりで最も重要なテーマは何か」について、日々の取材を通して感じていることを率直に書きます。

 
 
結論から言います。
いま、店づくりにおいて最も重要なテーマは何か。
それは、「居場所」づくりです。
 
 
「居場所」っていうと、あなたはどんな空間をイメージしますか。
イメージを共有するために、タイムリーな具体例を一つ挙げますね。

最近「居場所」づくりに興味があるので、先週、とある複合書店を見学してきました。
とても重要な事例なので、丁寧に説明します。
15分くらいください。
「全部読むのが面倒くさい」という人は、一番最後だけ読んでください。一番最後に、最も重要な「居場所となりえる条件」について書きました。

 
 


「文喫」の書棚コーナー。お客さんが本に向き合えるよう、あえて背景にしりぞくような無機質な書棚が並んでいます


雑誌ラックの裏側には、なんとバックナンバーではなく、関連書籍が入っているという、手間暇と知恵を使った商品陳列

 
 
 
新しい書店というのは、12月11日に六本木にオープンした複合書店「文喫(ぶんきつ)」です。
各メディアのニュースで取り上げられていましたから、ご存知の方も多いかもしれません。
そうです、「入場料1500円」というキーワードとともに紹介されている書店です。
 
見学した感想として、「この店は、都市に新しい『居場所』を提供している」と感じました。
「文喫」は、たんなる書店ではありません。
いくつもの機能を持っています。
いくつもの機能を持っていることが重要です。
店の手前はギャラリー機能です。ギャラリーに隣接して雑誌コーナーもあります。この二つの空間に入るのは、無料です。
  
入場料を払って、階段を数段上がって奥の空間へ行くと、整然と並んだシンプルな書棚に書籍が並んでいます。この空間が主に書店機能です。
ここに約3万冊の本があります。参考までに比較すると、近くにある「ツタヤ トウキョウ ロッポンギ」1階にある書籍・雑誌が約4万5千冊ですから、3万冊という点数がさほど多いわけではありません。
しかし面白いのは、その品揃えです。「文喫」では、一つの書籍が1冊ずつしか置かれていません。売れそうな本も、マニアックな本も、すべて1冊ずつ。
そして、選書も興味深い。緩やかに「日本文学」「美術」「哲学」とジャンル分けはされています。しかし、棚を眺めていると、売れ筋の本ばかりでなく、意外な本が並んでいます。「こんな本があったのか」「なるほど、この本の隣にこの本を置くか」と発見があります。つまり、機械的でビジネスライクな品揃えではなく、選書した人の知識、価値観、センスが書棚からさり気なく感じられる品揃えなのです。
その結果、大量生産品であるはずの出版物が、まるで「わざわざ私のために選ばれてここに並んでいるのではないか」と客に感じさせます。つまり、VMDの効果で、同じ商品がこんなに違った表情を見せるわけです(ちなみに、これと同じ体験を、下北沢にある有名書店「B&B」でも味わいました)
 
 


店内奥のカフェコーナー。コーヒーと煎茶はおかわり自由


カフェの一角は、移動させやすい家具が並び、イベントもできそう

 
 
そんな書棚コーナーの横に、カフェがあります。
入場者は、コーヒーか煎茶を選べます。つまり、入場料1500円には、このドリンク代が含まれているわけです。しかも、おかわり自由。コーヒーをいただきましたが、美味しいです。
店内には、いろいろなタイプの席があります。ブース席、カウンター席、テーブル席、ソファ席、小上がり席。気分や用途に応じて、使い分けられます。例えば、仕事に関する本を読む時と、大好きな作家の小説を読む時とでは、違う席で違う気分で読みたいですよね。
奥の空間は、動かしやすいイスが並んでいるので、ここでイベントも開催できそうです。詩人や作家を招いて朗読会などを開催したら、素敵ですね。 


中二階は、集中コーナー。読書や仕事に最適。コンセントやデスクライトも完備

 
 
更に、書棚コーナーから数段の階段を上がると、読書ランプとワークチェアが完備されたカウンター席があります。これは、もはや書斎ですね。ゆっくり仕事や読書に集中できます。集中して企画の案出や書類づくりをする時に来たいなと思いました。もちろんゆっくり読書をする時にも。
さらに、その奥には、個室もありますから、会議もできそうです。
 
 
機能としては、ざっとこんな感じです。
「商店建築」読者の皆さんは、内装も気になりますよね。
空間を見渡して、床・壁・天井を眺めると、随所に、古い部分と新しい部分が地層のように重なっています。かつて、ここが「青山ブックセンター」だった頃、エントランス以外には、外が見える開口部が無かったのですが、今回の工事で、内装壁を壊したら窓があることがわかり、それを活かしたので、店内がずいぶん明るい空間になりました。そんなふうにして、古いものと新しいものが複雑なレイヤーをつくり出しています。そもそも書棚に並ぶ大量の書物は、人類の数百年分(ギリシャ哲学あたりまで遡るなら2000数百年くらい)の叡智がレイヤー状に積み重なっています。その意味で、この内装は、書物を扱う空間と親和性が高いと感じました。
  


書棚には、大型書店で見かけない本も並んでいて、選書した人のセンスや知識がにじみ出ています


「青山ブックセンター」時代にはふさがれていた開口部を現し、カフェコーナーには外光が入ってきます

 
 
さて、では、「文喫」は何を目指しているのでしょうか。
「文喫」の紹介の最後に、「文喫」の目的、つまり「文喫が何を目指しているか」について書きますね。それを考えないと、この店の価値を判断できないからです。
「文喫」の目的もまた、いくつかのレイヤーで考えることができます。
 
まずは、事業というレイヤー。
「文喫」の運営を手掛けているのは、株式会社リブロプラスという企業です。この企業は、出版取次の大手「日販(日本出版販売 株式会社)」のグループ会社です。
選書を手掛けているのは、日販グループのYOURS BOOK STOREという会社です。
出版取次というのは、出版業界の問屋さんです。
ご存知の通り、出版取次は、日販とトーハンという2社が圧倒的なシェアと存在感を持っています。(大手2社が圧倒的なシェアと存在感を握っている点は、広告業界と似ていますね)
しかし、近年、出版不況と言われています。
日本では1996年をピークに、出版物の売上高は減少し続けています。ここ数年、中堅の出版取次が廃業するケースもあります。
そんなわけで、日販グループが新しい事業を模索しているという可能性が考えられます。
 
もう一つ考えられるのは、根本的に読書ファンを増やさなくては出版不況は改善しないと考えて、こうした本と出会う時間と空間を人々に提供しているとも考えられます。
なぜ、いま「本離れ」の時代と言われるのでしょうか。
いくつかの要因がありますが、最大の要因は、人々が忙しすぎてじっくり読書をする時間がないからではないでしょうか。
ならば、まず、本と出合い、本とじっくり向き合う時間を提供することから始めよう。そんな試みにも見えます。
そうした事業的な視点については、弊誌で改めて取材するチャンスをつくって詳しく聞いてみたいと思っています。
 
  
 

 
 
上記は、長期的な目的に関する考察ですが、もっと直接的な目的があります。「文喫」の狙いと言ってもよい。それは、「長く滞在してもらう」ということです。これが「文喫」の大きな狙いです。一般的にカフェでは、いかに多くのお客さんに入ってもらうかを考え「回転率」という発想をしますが、「文喫」の場合は、それと正反対ということですね。
 
 
「長く滞在してもらう」?!
そうです、皆さん、もうお分かりですよね。
「文喫」は、書物を軸にして「居場所」を目指しているわけです。

  
 
見学した感想として、「文喫」は、「居場所となりえる条件」を持っている。そう感じました。
ここから、冒頭でお伝えした「居場所となりえる条件」について書きます。
「居場所となりえる条件」とは、何か。
いくつかありますが、とても重要な条件の一つが、以下のようなことです。
一つの空間にシームレスに複数の機能が同居している。かつ、各機能がおそろかになっていない。
これが、重要だと思います。


新しいものと古いものが同居する空間デザイン

 
 
強調したいので、もう一度書きます。
各機能がおそろかになっていない。
ここがポイントです。その点において、「文喫」は非常にうまく出来ています。
「文喫」は主に、「書店」「カフェ」「ワークスペース(読書や仕事に集中できるカウンター席)」の三つの機能で構成されています。それら三つが、どれも「オマケ」ではなく、単体でもしっかり機能します。ここが重要です。
  
皆さん、逆に、「複合機能を持った店なのに、どれかの機能がオマケになっている」というタイプの複合店舗を見たことないですか。
例えば、ブックカフェなんだけれど、本のセレクトがイマイチ。ショップにカフェが併設されているのだけれど、メニューがやや適当。オフィスにブックライブラリーがあるのに、本当に読みたいと思える本がない。
こうしたケースでは、一つの空間が複合機能を持ちつつも、各機能に主従関係があり、どれかの機能がオマケになっているわけです。もちろん、事業戦略上そのような主従関係にしている場合もあるので、一概に「オマケ」が悪いわけではありません。
しかしながら、「文喫」を見て印象的だったのは、三つの機能が、どれもオマケではなく、対等な関係にあるということです。というわけで、「三権分立カフェ」と勝手に名付けてみました。
三つの機能がどれも本格的につくられているから、三つのどの機能もお客さんの入店動機になりえる。入店動機がたくさんある。けれど、三つの機能はバラバラではなく、「書物」「思考」「文化」「コミュニケーション」というテーマでゆるやかにつながっている。
こうした、“ゆるやかにつながった「三権分立」”により、「文喫」は、居場所として成立しているわけです。

 
 


上部に青山ブックセンターのロゴがうっすら残っているのは意図的なのでしょうか。本と文化を軸にした、新しい居場所が六本木にまた一つ生まれました

  
 
 
すみません。ずいぶん長くなりました。
まだ「文喫」について書きたいことがいっぱいあるのですが、今日はこのへんにしておきますね。汗
更に詳しいお話を皆さんにお届けできるチャンスを、来年2月に設ける予定です。どうぞお楽しみに。
 
 
 

  
  
で、ですね、実は、ここまでの話は、前振りだったんですよ。笑
店づくりにおいて最も重要なテーマは、「居場所」づくりです。という話を皆さんに伝えたいための、前振りだったんです。

 
本題は何かというと、「月刊 商店建築」の誌面で、実は、居場所づくりを大きなテーマの一つにしています。という話だったんです。
なので、本題は、以下に箇条書きにて、コンパクトにまとめました。「居場所」づくりに関する、参考資料です。
特に、最新号「商店建築 2018年12月号」には、「居場所」づくりのヒントがたくさん載っています。
この号は、「1冊まるごとホテル特集」の第二弾ですので、今回も、品切れが予想されます。ぜひお早めにご確認ください。


商店建築 2018年5月号

 
 
◆商店建築 2018年5月号
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=310
「カフェ&ロースタリー大特集」と「コミュニティーハブとして広がる『新世代ランドリー&クリーニング店』」、二つの話題が載っている、お得な号です。まさに、現代のコミュニティー空間や居場所について紹介した号です。


商店建築 2018年8月号

 
◆商店建築 2018年8月号

https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=318
業種特集1/進化し大型化するフードホール
業種特集2/ハイエンドカフェ&カジュアルダイニング
特別企画1/デザイン意図が伝わる、プレゼンテーション&コミュニケーション術
特別企画2/人を呼び込む“滞在型”複合書店

この号では、「フードホール」「“滞在型”複合書店」という二つの特集により、「居場所」化する店舗空間の実例を多数取材しました。


商店建築2018年10月号

  
◆商店建築2018年10月号
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=322
業種特集/オフィス大特集
緊急特集/杉本貴志の商空間デザイン(後編)
特集/シーンをつくる音響デザイン

オフィス大特集でもまさに、機能性よりも「居場所」としての空間づくりが重要になってきています。テイストの異なるさまざまな居場所を用意しておいて、それらを社員がその都度、主体的に選んで使う。それが、いま大きなトレンドとなっている「ABW」という働き方です。


商店建築 2018年11月号

 
◆商店建築 2018年11月号
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=323
「カフェ大特集」の最新号です。カフェは、当然ながら、居場所づくりのヒントにあふれています。


商店建築2018年12月号

 
◆商店建築2018年12月号
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=325
渋谷ストリーム、渋谷ストリームエクセルホテル東急、ヒルトン大阪レストランリニューアル
業種特集/ホテル大特集
特別企画/一棟貸し宿泊施設

「1冊まるごとホテル特集」の第二弾です。ホテルにつくられる共用ラウンジは、「居場所」化する商業空間のトレンドとアイデアが満載です。


商店建築2018年12月号の掲載ホテル

 
 
◆ただいま制作中の、商店建築2019年1月号
クリニック特集です。なんと、驚くことに、いまや医院の空間ですら、「居場所」としての空間性と、「街へ開くパブリック性」が、非常に重要なテーマになっているんです。
誌面でじっくり御覧ください。12月28日発売です。


  
  
本日も、最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。〈塩田〉
 
 
  
  
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日本で唯一、店舗デザインの最新事例とセオリーが学べる月刊誌「月刊 商店建築」。
最新号は2018年12月号。
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=325
こちらでも、目次のチェックやご購入ができます。




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